平成最後の日に、東京での3年間を振り返る
今日で平成最終日。昨日で東京在住3年でした。結婚していちばん長く住んだ街が板橋区ですね。
住めば都・東京都板橋区に来て3年
来た当時は、家と家の間が狭く、駅の歩道には常に人が溢れ、どこにいても日中は人がいて、空も狭くて閉塞感を感じていました。そりゃ、最寄駅の乗降客数調べたら、4倍もいるのですから当然です。
家から近い幹線道路には、日本で最初にできたと言われる、巨大団地群が広がっています。数キロ四方に田んぼが広がる街に住んでましたから、そりゃ違和感この上ないですね。
ママ友も趣味の友達も仕事の仲間もいなかったので、仙台でやっと増えてきた仲間と過ごしたほうが楽しです。買い物ひとつするでも美味しい魚が買えないし、そもそも「みやぎ生協」や「つかさ屋」のような地域の優良スーパーがない。
3年後はどう過ごしていたか
ちょうど3年経った昨日。
子どもはお父さんとモトクロスの練習に行きました。
その間、私は5月にご近所仲間と5km×4人のリレーに参加するため、荒川の練習会に参加。飲み会等で顔見知りの方もいれば、初顔合わせの方もいますが、和気藹々と楽しい練習となりました。
この日は板橋区のイベント「第40回親子凧あげ大会」が、荒川河川敷で開催。たくさんの人がいて、凧もたくさん上がってました。坂本区長と杉浦観光親善大使も凧あげされてました。ちなみに…奥様はいわずもがな辻希美さんで、赤ちゃん連れて来てましたね。
そのあとは仕事で板橋区ではないですが、近隣にあるクリニックより制作の依頼がありましたので、打ち合わせを行い、そのとりまとめは板橋区役所近くにあるシェアオフィスで行いました。
3年前は想像できなかったけど、運動して遊んで仕事して…と、全てを地元で楽しんでいます。
令和になったら更に地元へ
そんなことは令和になってからと言わず今から…と言う方もいるかもしれませんが、これまで迷っていた地元でやりたいことを、令和になったタイミングで実行しようかと思っています。
我が家は相変わらず転勤の可能性があります。それを思うと躊躇していたのですが、逆にいつまで板橋に住んでいられるかわかりません。令和…というよりちょうど3年が経過したため、思い切って実行に移す決心がつきました。
そのタイミングで日本の元号も変わりますから、迷いに後押ししてもらった感じです。
まずは明日から、第一歩を踏み出します。
制作の依頼ではなくても、30分のデザイン・ビジネス相談は初回無料で行なっております。お気軽にご連絡くださいませ。